スクラムを知ったばかりの方に頻繁に聞かれる質問の一つが、「スクラムマスターは一体、一日中、何をしているのですか?」というものです。これは私がトレーニングクラスでもよく受ける質問です。そして多くの場合、トレーニング中やチームとしてスクラムを実践し始める時に、この疑問は自ずと解明されるようです。このブログ記事では、様々な視点からこの疑問を紐解いていきます。
スクラムマスターの「責任」
この疑問を解明するためにまずは、スクラムガイドにおいて、スクラムによるスクラムマスターの定義を見てみましょう。スクラムのコンセプトでは、スクラムマスターは役割ではなく「責任」であると定義されています。これは微妙なニュアンスの違いのように見えて、実に意図的に設定されている相違点です。「責任」という言葉を使うことで、スクラムにおいてスクラムマスターが何に焦点を当てるべきか明確にされています:
- スクラムマスターは、決められた特定の業務をするよりも、課された責任を果たす事に注力するべきである
- スクラムマスターは、事前に取り決められた一連の業務や行動をするよりも、現状のスクラムチームや組織の状況に基づいて自分が何をすべきかを決定するべきである
しかし同時にスクラムでは、スクラムマスターがプロダクトオーナー、スクラムチーム全体、そして組織に対して提供するサービスの数々も明確に示されています。これらのサービスの例をいくつか挙げます:
- 自己管理型で機能横断型のチームメンバーをコーチする
- 効果的なプロダクトバックログ管理の⽅法を探すことを⽀援する
- 組織へのスクラムの導入を指導・トレーニング・コーチする
スクラムマスターは複数のレベルで行動
スクラムマスターの行動範囲は時として、スクラムチームのレベルに限定されることがあります。このような誤った認識を持っている組織では、スクラムマスターの価値は限定的になりがちです。スクラムチームがスクラムや共同作業に慣れていない初期の段階では、スクラムチームに焦点を当てることは特に必要であり、価値があるかもしれません。
しかし実際には、スクラムマスターはあらゆるレベルの変化を促進できる素晴らしい立場にあります。状況やスクラムチームや組織のニーズによっては、スクラムマスターはその大半の時間をスクラムチームの外で過ごすことになるかもしれません。
スクラムマスターの仕事は時間の経過とともに進化する
1年以上、1つのチームをサポートしているスクラムマスターに、今やっていることと1年前にやっていたことを比べてみてくださいと言うと、たいていの場合、この2つはまったく違うと答えるでしょう。
それにはいくつかの理由があります:
- スクラムチームは時間とともに多くを学び、より自律的になります。その結果、1年前にはスクラムマスターの介入が必要だった問題の多くが、今では自律的に対処できるようになります。その結果、スクラムマスターがより広い組織と協働する時間が生まれます。
- スクラムマスター自身も多くのことを学び、介入するタイミングやその際にどのようなテクニックを使うべきかの判断が上手になっています。
- チームが継続的改善の精神を真に受け入れると、新たな問題が解決されたり、新たな課題が克服されたりするたびに、新たな「理想」が生まれ、そこに到達するまでの道のりに新たな課題が生じます。
- 複雑な環境では、物事はいつでも変化し、スクラムチームに常に新しい課題をもたらします。例えば、メンバーの辞職、大きな衝突の発生、会社の財政不安、製品の新しい方向性などです。
スクラムマスターの仕事はチームに応じて変わる
サポートするチームや組織が違えば、スクラムマスターの仕事も違います。異なるチーム・組織をサポートする2人のスクラムマスターが、いかに1日の中で抜本的に違う仕事をするかを説明するために、2つのシナリオを見てみましょう。
シナリオ 1:従来型組織から移行した新しいスクラムチーム
従来のウォーターフォール型のプロジェクト管理アプローチから移行中のスクラム初心者のチームで、現在2回目のスプリントの最中です。興奮と懐疑が入り混じっています。大多数のメンバーは、まだ多くの従来型の管理構造と報告構造の下で運営されています。
この場合、スクラムマスターは何に集中したいでしょうか?
このシナリオでは、スクラムマスターはスクラムの原則とプラクティスについてチームを教育することと、チームのスクラムへの移行を妨げている組織の障害を取り除くことに集中することにするでしょう。
このシナリオでは、スクラムマスターは1日の中で具体的に何をするでしょうか?
- 午前8時30分: チームメンバー間の信頼関係を構築するために、「ウィークリーバーチャルコーヒー セッション」をファシリテート。
- 午前9時: 開発者がデイリースクラムを自分たちで進行することにまだ抵抗があるため、スクラムマスターがデイリースクラムに参加し、ポジティブで⽣産的であり、タイムボックス の制限が守られるように支援します。
- 午前10時: プロダクトオーナーと一緒にプロダクトバックログの状態を確認。明確でないプロダクトバックログアイテムをいくつか見つけた後、3日後の次のスプリントプランニングに向けてプロダクトバックログを良い状態にするために何ができるかをプロダクトオーナーと話し合います。スクラム、プロダクトバックログ管理手法、プロダクトゴールなどに関するプロダクトオーナーの質問にその場で答えます。
- 午後1時: いつ、どのように他の人と協力し、スプリントバックログで自分の仕事を透明化するかを理解する手助けが必要な開発者個人と時間を過ごします。
- 午後2時: エンジニアリング・マネージャーと会い、新しい働き方と新しい期待にどうすれば皆が快適になれるかについて意見交換。
- 午後3時: 予算編成と資金調達が組織内でどのように機能しているかを理解するため、財務担当のステークホルダーと話します。組織の敏捷性を高めるために、予算編成と資金調達を分離することが今後有益になるかもしれないというアイデアを伝えます。
- 午後4時: ある開発者がPBIについて「プロダクトオーナーが提示した受け入れ基準」が不明瞭だと不満を漏らし、突然連絡してきました。この開発者と2つのことを話し合います。
- 開発者がスプリントゴールに向けて前進できるように、今すぐ起こるべきこと
- どのような根本的な問題が存在し、それに対してどのように対処できるか。
シナリオ2:新しい複雑なプロジェクトに直面している成熟したスクラムチーム
チームはスクラムの経験が豊富で、自律性が高いです。しかし、彼らは新しい複雑なプロジェクトを始めようとしており、異なるチームとのインターフェイスが必要で、新しいツールや技術が関わってきます。
このような場合、スクラムマスターは何に集中したいでしょうか?
スクラムマスターは、新しいプロジェクトの需要に対応するために、チームの仕事のやり方を適応させる手助けをすることに集中するかもしれません。これには、他のチームとの依存関係をなくしたり、処理したりする効果的な方法を見つけることも含まれるでしょう。これには、他のチームのスクラムマスターとの協力が必要になるでしょう。スクラムマスターはまた、プロダクトバックログに関してプロダクトオーナーと積極的に協力しなければならないかもしれません。
このシナリオでは、スクラムマスターは1日の中で具体的に何をするでしょうか?
- 午前9時: プロダクトオーナーと協力して、チーム間の依存関係を最小にするような方法で、プロダクトバックログアイテムを作成し、順序付ける方法をスクラムチームに理解してもらえるようにします。プロダクトオーナーと一緒に、スクラムチームがプロダクトバックログの作成とリファイメントのプロセスにできるだけ早く参加できる方法を計画します。
- 午前11時: チームのやりとりを観察し、全員と会話をする機会を作るために、チームと一緒に過ごします。
- 午後1時: 異なるスクラムチームや他の専門家からメンバーを募り、特定の技術的課題に取り組むためのブレインストーミングセッションをファシリテートします。
- 午後2時: 他のチームのスクラムマスターと、この新しいプロジェクトでチームが直面しそうな課題や、どのような解決策があるかについてのワークショップに参加します。
- 午後4時: 透明性を高め、コラボレーションを容易にする共有の「デジタルプロダクトウォール」の作成に取り組みます。
- 午後5時: スクラムチーム全員で、社内のテスト自動化コミュニティが主催する勉強会に参加します。
結論
上記の例は、いずれもスクラムマスターが1日に行うことを完璧に表しているわけではありません。上記の各シナリオにおいて、スクラムマスターの役割がいかに流動的で、チームのニーズや幅広い組織環境に合わせて変化するかに注目してください。彼らの1日は、ファシリテーション、コーチング、問題解決、教育、指導、観察、学習のミックスであり、そのすべてがスクラムで概説されている説明責任を果たすことを目的としています。
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著者について
グレゴリ・フォンテーヌは、Scrum.orgの約350名のプロフェッショナルスクラムトレーナー™(PST)の一人であり、合同会社AgoraxのCEOです。
ソフトウェア開発だけでなく、様々な分野でスクラムを適用してきた長年の経験を持っています。彼は唯一の日本語を話すPSTであり、長年にわたって日本のクライアントや学生をサポートしてきました。もっと詳しく知りたい方は、グレゴリのクラススケジュールやアゴラックスのウェブサイトをご覧ください。